「一般の人」が誰を指すのかはまあ、謎解き界隈に存在していない人、ということで認識頂ければと思うのですが、この間謎解きじゃない旅行で東京に行ったときにふと思ったことを書いていきます。
一般の人は
「なんで東京に来たの?」
と聞きたがるのです。
どうやら東京に来るにはたいそうな理由がいるようなのです。
ここで一つ同意を得やすい例を。
「ゆずのライブ、東京ドームでしかやらないの!」
こういえば多くの人が
「ゆずいいよねー!そっか仙台は今回ライブやらないんだ!」
となります。
そして困らせる例を。
「が、明日は特に用事ない」
これはね、お会いした皆さんがだいたい
「え?」と言ってくるのです。
どうやら明確な予定がないのに東京にいるのは不思議なようです。
私はね、有り余るほどの謎解き情報を持っているので公演がなくても周遊謎解きがあるな、と思うのですが、謎解き好きな人と一緒の時以外には言いにくい。
まあ確かに感覚おかしくなってはいますが、こうも明確な予定がないとおかしな顔されるものなのだなと思いました。
謎解き好きな人と同じ会話すると考えましょう。
「ゆずのライブ、東京ドームでしかやらないの!」
「ライブ、何時から?」
「18時から」
「2ハシゴくらい出来たんじゃない?」
「ばれたかw」
「え?何やったの?」
「クイズショウと…」
「クイズショウ!あれ最高に楽しいやつじゃんどうだった?」
「死んだ」
「え。マジで?」
…
そして
「明日は特に用事ない」
「そっかなんか行けるのないの?」
「公演はないなー。でもテンキューとか丸の内周遊とかやろうかなー」
「あー面白いらしいじゃん」
「周遊とか逆になかなか時間作れないからね、遠征の人は」
「なぞともカフェでもいいけどね」
明確の予定がないと
勿体ない
というものの、おかしな顔はされません。
だってそこら辺に謎解きがあるから、何か選べばいい、という発想になります。
そんな世界に数年浸ってたのでこの間、
ああ、私はもうちょっと特殊な人になったのだな…
と思ったのです。
人は色々な世界を持っていて、そこに入り浸るとそこの常識に染まり、感覚が麻痺するのですね、と思ったのでした。
私は幸せですよ……
たぶん。